2008年06月30日

生涯現役とは?

今回引用するコメントは、参考になる、という話ではありません。
寧ろ反面教師、「あじゃ〜」という例として紹介します。

御用新聞・産経のダメっぷりがよ〜くわかります。
chu_sanの本音・直球節が久々に炸裂です。


【塩爺のよく聞いてください】元財務相・塩川正十郎
(2008年6月19日 産経新聞)
 ■「人生に定年なし」

 最近、日本は元気がないとか、政治も経済も後ろ向きで諸外国の成長から取り残されているのではないかとか憂慮する声を聞く。

 しかし秘策で僥倖(ぎょうこう)を得ようと焦っても無駄である。戦後六十数年間に、とくに高度経済成長期に設けられた、すべての制度や習慣、基準などを地道に、かつグローバルな視点で合理的に見直し、改革する努力が必要である。私たちはいまだに、かつての成功例に酔いしれ、その延長線でいいと思っていないだろうか。

 1990年代初めに冷戦が西側陣営の勝利で終結し、貴重な軍の技術が公開、民営化されるにつき、経済や社会に激変がもたらされた。さらに統制と貧困にあった社会主義独裁国家が低賃金の労働力を武器に自由主義市場経済に参入してきた。このため西側陣営の企業がその対応に犠牲を払い、制度と基準において驚天動地の改革に踏み切らざるを得なくなった

 わが国でもようやく平成13年に発足した小泉内閣から、この改革に取り組んだ。しかし国民の期待があまりに性急だったうえ、5年余という短期だったため、日本はいまだに改革の方向を定着せしめるべく模索している。

 求められているのは、改革の焦点を絞ることである。まず公共的な基準、政府や地方自治体の国民に対する行政責任の内容と範囲、行政ミニマムの検討が必要であろう。長年のポピュリズム政治の結果、行政の責任が過大になりすぎた。この見直しこそが、行財政や公務員制度の改革の基本的理論を構成することになる。

 次に習慣化した観念を改めるべきだ。「60歳定年」という古典的観念が現在の日本社会を縛っているが、平均寿命は80歳以上となっている。しかも健康的に恵まれた人が多い60歳はまだ成熟期にある。定年制度は撤廃し、自己責任のもとで自由に労働選択ができるシステムに切り替えるべきだ

 60歳で定年を迎え刺激のない日々を過ごすよりも、機会が与えられるならば70歳ぐらいまでは働きたいと思っている人々も多いだろう。その実現のために労働慣習や給与のあり方などの規制を外し、当事者契約にすべきだと考える。「60歳になって安楽した生活をと考えているのに、まだまだ働けと言うのか」。そう思う人々はおのおの趣味に生きたらよい。

 いまの年金や医療などの社会保障制度は昭和36〜38年ごろの所得倍増、福祉拡大の政策に基づいている。当時、高齢者は国の責任で保護すべきだと考えられ、社会的弱者として扱われた。

 現在、予測以上の高齢化が進み、寿命が延びたことで弱者的老人層が広がったのは事実である。半面、自活能力十分で元気な高齢者も増えている。従って、個人の能力を年齢だけをもって一律に規定せず、多様なモデルを考えてもいい。

 社会保障の基礎は相互扶助の精神と自己責任であり、適正な選択により公的負担分が軽減されるだろう。ただ、行政の担当者にとって旧習を改めて新たな行政を導入することは責任が重過ぎる。ゆえに政治発信を活発にし、世界に後れをとらないようにしてほしい。「人生に定年なし」。そのシステム構築が、日本を元気にする即効薬となるだろう。

塩爺と言えば、小泉内閣時代の閣僚として、おトボケ発言を連発して野党議員の追及を煙に巻いたことで有名ですが、オイラ、この塩爺の言葉が、今の日本の政治家の古〜い意識の根底にあるのでは?と危惧してなりません。下線部を引いた部分に、象徴的に表されている。

「すべての制度や習慣、基準などを地道に、かつグローバルな視点で合理的に見直し、改革する努力が必要である」

すべてなんでもかんでも「グローバルスタンダード」にすれば良いんでしょうかね?「大局的見地」なら分かりますけど、何でもかんでもアメリカ水準にされたら、叶わんでしょう。

「1990年代初めに冷戦が西側陣営の勝利で終結し、貴重な軍の技術が公開、民営化されるにつき、(中略)このため西側陣営の企業がその対応に犠牲を払い、制度と基準において驚天動地の改革に踏み切らざるを得なくなった」

一体何が言いたいんでしょうか?旧東側諸国は悪で、ソ連崩壊後も低廉な労働力で西側諸国を圧迫して昨今の貧困をもたらした、とでも言いたいのでしょうか?経済学部卒で経済史を専攻していた私ですら全く学んだことのない説です。

貧困と格差社会をもたらしたのは、社会主義ではなく、資本主義のグローバリズムでしょう。社会主義や社民主義よりも、グローバリズムの方が余程害悪だと私は思っているのですが、産経だから事ある度にアカ叩きをする癖が出てしまうのかな?

今の社会保障制度をはじめとする社会システムは、資本主義と社会主義の考え方の両方が入っており、相互補完的に機能しています。これを修正資本主義と言うのです。そんなことは少しでも歴史なり経済を学べば、分かることです。

「まず公共的な基準、政府や地方自治体の国民に対する行政責任の内容と範囲、行政ミニマムの検討が必要であろう。長年のポピュリズム政治の結果、行政の責任が過大になりすぎた」

小さい政府、という考え方は、今の自民党…アメリカ共和党とも共通する党是のようなものです。ここでは特段批評はしませんが、彼らの象徴的な主張だということは付け加えておきます。

ポピュリズムを言うのであれば、マスコミを扇動して劇場型選挙をやって、挙句郵政選挙で圧倒的な議席を奪取した、小泉内閣の方が余程ポピュリズムであると思いますが?

「定年制度は撤廃し、自己責任のもとで自由に労働選択ができるシステムに切り替えるべきだ」

自由に労働選択&当事者契約にさせてしまうと、往々にして労働者側ではなく使用者側に選択の主導権が移ってしまい、様々な問題を発生させてしまう(だから労働基準法がある)ということを塩爺は分かっていない。昨今問題の日雇い派遣も、ニートの問題も、そのあたりが問題だということは明白でしょう。

「自己責任」…この言葉程、嫌なものはありません。
…責任逃れの口上。「勝ち組」による自己正当化。
困っている人の望みを断ち切るような声に聞こえるからです。

「社会保障の基礎は相互扶助の精神と自己責任であり、適正な選択により公的負担分が軽減されるだろう」

社会保障の基礎は「自己責任」って、訊いたことがありません。
白書にもそんな言葉は載っていないじゃないですか。お笑い草です。
「社会保障は自助、共助、公助の組み合わせ」
というのは、平成18年度版厚労白書に書かれていますけどネ。

社会保障で「自己責任」の考え方が突出すると、大変なことになるのは、アメリカの医療制度で既に証明済みです。マイケル・ムーア監督の「シッコ」という映画でも、アメリカ大統領予備選挙でオバマ候補やクリントン女史が述べていた公約からも、明らかです。

公的負担分の軽減、が産経新聞の本音だと思われます
社会保障で税金を使わないことが、国の為になる。
という本音が透けて見えるのがなんか嫌〜ですよね。

政治家の何気ない本音に、耳を傾けることは大切です…。
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2008年06月29日

ラクガキは旅の恥?

世界遺産の大聖堂に落書き
岐阜の女子短大生、イタリア研修旅行中

(2008年6月25日 中日新聞)
 世界遺産になっているイタリア・フィレンツェ市のサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂に、岐阜市立女子短期大の学生が自分の名前などを落書きしていたことが分かり、短大は24日、学生6人と引率した教員2人を厳重注意したと発表した。

 フィレンツェは町全体が世界遺産で、学生は「歴史を理解していなかった」と大聖堂側に手紙で謝罪した。

 短大によると、2月15日から22日の日程で生活デザイン学科の1、2年生36人が海外研修としてイタリアを訪問。18日に大聖堂を見学した際、居合わせた6人の1年生のうちの1人が6人の名前と短大の略称「岐女短」の文字を黒色の油性ペンで見晴らし台の大理石壁面に書き込んだ。残る5人は傍観していた。

 3月中旬、日本人旅行者の男性から短大に連絡があり発覚。学生はいたずらを認め「気が高揚していた。とんでもないことをした」と反省。短大は大聖堂に修復費用を支払うことなどを伝えた。

 大聖堂からは「謝ってくれればそれでいい」と返事があったが、今月にも別の旅行者から同じ指摘が寄せられるなど、落書きは放置されたまま。

 フィレンツェは岐阜市の姉妹都市で、10月には細江茂光市長が訪問する予定。短大は「なんとか早く修復したい」と話している。

◆恥のかき捨て感覚
 <長谷川博一・東海学院大教授(臨床心理学)の話> 若者はその場ののりだけで軽いいたずらをしてしまう傾向が強い。普段は内向的な日本人が、欧米の開放的な雰囲気で「恥のかき捨て」的な感覚になったのかもしれない。問題が大きくなってからでしか、ことの重大さが分からない子どもたちが多いのではないか。

「歴史を理解していなかった」では済まないでしょう。
岐阜女子短大には苦情のメールが殺到しているらしいです。
大学側の処分が甘いと言われても、仕方がないことでしょう。

京都産業大学でも同じような事件があったので、動向に注目です。
同じイタリアでのラクガキです。本当に嘆かわしい。
最近の大学生は、海外に行くケースが増えているんですね。

こういう話って、いつの時代どこの場所でも起こることです。
かく言う私も、昔は結構ラクガキをしまくっていました。

小学校時代は、机をナイフで削って「夜露死苦!」なんて平気で彫っていました(^ ^;。大学時代も机にアニメの絵とか、ビシバシ描いて講義を真面目に聴いているフリをしておりました。まあ、学校ではよくある風物詩?です。

当時は「ラクガキはアートだ!」「庶民のささやかな抵抗、魂の叫びだ!」なんてほざいておりました…恥ずかしい。若気の至りです(れっきとした器物破損罪なので、当然ですが今ではやりません)。

でもねぇ…そんな他愛のないレベルと、世界遺産にラクガキするような話は、全く次元が違うでしょうに。日本で言えば、法隆寺五重塔の柱に「Love&Peace」と彫ったり、姫路城の白壁に「○○クンLove」と書いたのと全く同じ次元になってしまう。文化レベルが低いとバカにされても、文句は言えないでしょう。

歴史を教科書だけで教えるのが間違いだと思います。歴史は生活の身近にあるのです。文化財に対する接し方とか、世界遺産の意義とか、そこまで教えなくてはならない世の中になってしまったんですね…。

世界遺産といえばコレ!↓

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るーみっくわーるど【2】

先週から毎週土曜日連載で続けている「るーみっくわーるど」記事。
本日は、「らんま1/2」について触れたいと思います。


「らんま1/2」 全38巻 1987年〜1996年

「らんま」の作品に最初に触れたのは、確か学習塾で友達が読んでいたサンデーだったかと思います。水を被ると女になる主人公・早乙女乱馬に衝撃を受け、小学校6年生頃から全巻を揃え始めました。

私が「るーみっく」作品を漫画で直に買い集めるきっかけになったのは、「らんま」だったはずです。「うる星」も「めぞん」も、小学生〜中学生にかけて買い集めたので。



「らんま」は、内容の区分として、おおよそ3つに分けられます。

前半は、“天道あかねの失恋”が最大のテーマです。
初恋相手の小野東風が、あかねの姉・天道かすみに恋をしていた。
姉と一人の男性を取り合うようなことはしたくない。
だから仕方なく身を引いた…というストーリーです。

この頃は作品のトーンが暗く、「めぞん」の終盤と雰囲気が似ていました。
画力が相対的に高く、一つ一つの線が太いのです。
(中盤以降は所謂「アニメ絵」になってしまう)

ストーリー自体は純愛路線で、ギャグはかなり少ないです。
シリアスなシーンも結構多い。心理描写が細かいです。
まだまだ対象年齢は子供向きになっていませんでした。

中盤は、“乱馬とあかねの恋の進展”がテーマです。
東風先生への想いを断ち切った後、あかねは徐々に乱馬に惹かれます。
ただ、乱馬が余りにも恋に不器用で、仲が全く進展しない。
そうこうするうちに、シャンプーとか、右京といったライバルが登場する…。

ドタバタコメディにありがちな「ライバル登場!」という話ですが、「うる星」と決定的に違うのは、ドタバタ感が大幅に薄まっていることと、表現がマイルドになったこと。女傑続のシャンプーも、最初は「あかね、殺す!」とか言っていたのですが、作品全体から毒舌的な描写や、過激な表現が次第に少なくなってきます。

この頃から一気に「子供向け」作品の傾向を強めます。
少年誌の作品に馴染んで、荒唐無稽な話が多くなっていきます。
作品中盤については、私もあまり感情移入ができません。

あと、同人誌人気に支えられた、一部ヲタク向けの作品傾向が出てくる。
原作は萌え要素ゼロですが、アニメはやや萌え絵で描かれています。
おかげでコアなアニヲタが集中する結果となってしまったようです。

後編は、乱馬が実母・早乙女のどかと出会うまでの話。
テーマは“乱馬の成長と恋愛成就?”です。

乱馬は、水を被ったら女になるという特異体質。
男の中の男に育てるはずが、これではシャレになってない…。
(作中では男の中の男にならなかったら「切腹する」約束でした)

以降、乱馬は正体を実母から隠して逃げまくるわけですが、36巻あたりで遂に正体がバレます。勿論切腹はナシでした。母子が出会い、乱馬はコンプレックスを解消し、精神的に大きく成長します。

後半は中盤から一転して、心理描写の割合が多くなります。
荒唐無稽な話は変わらずですが、オチは徐々にストイックになっていきます。
特に第27巻以降、シリアス傾向が強まっていくようです。

後の呪泉郷最終決戦云々は、オマケみたいなものです…。



アニメ版は、1989年4月〜9月に放送されていた本編と、1989年10月〜1992年9月に放送された「熱闘編」に分かれます。

本編制作時は予算もあった為、作画が比較的綺麗です。「めぞん」の後半頃の作画水準をほぼ維持しています。但し裏番組の事情で視聴率で苦戦していた為、その他諸般の事情(某幼女誘拐事件の影響で一部の話が放送延期されたこと)が重なった為、僅か半年で撤退するという羽目になってしまっています。

熱血編は、当初本編で制作された作品を放送していましたが、関東では金曜の夕方放送という事で、スポンサーが殆どつかずに予算を大幅に削られた結果、作画レベルが「あり得ない程」落ちています。影ナシ、止め絵、作画崩壊のオンパレードです

原作が「うる星」時代とは違って長編志向になった結果、放送内容が連載に追いつくケースがしばしば発生して、オリジナルストーリーの割合が次第に多くなっていきます。ターゲットを極端に子供向けに設定した結果、ストーリー性が薄れて、従来のファンが離れて視聴率も一気に低迷します。

アニメ版のオリジナルストーリーの大半は、荒唐無稽なオチだったり、子供騙しなストーリーで構成されていて、「うる星」時代以上に暴走に拍車が掛かっている為、私はあまり評価していません。初期の作風を維持していれば、アニメはもっと人気を維持していたのではないか?と思っています。



「らんま」連載後半になると、作品全体にも当時の事情が反映されてくるのです。後半になるにつれて作品全体の停滞感が強くなり、マンネリ化が一層進みました。前述のような事情でアニメが早く終了した為に原作の人気も相対的に下がり、1992年以降は苦戦を強いられるようになりました。

「らんま」の同人誌が「セーラームーン」人気に取って変わられた頃、その皮肉を込めて、高橋先生は「二ノ宮ひな子」というキャラクターを登場させます。彼女には、月野うさぎと共通する要素が随所に散りばめらており、キャラクターの完成度は高いのです。

しかし、数々のテコ入れの甲斐も空しく、凋落傾向に歯止めを掛けることはできませんでした。38巻で連載終了しましたが、「うる星」「犬夜叉」がアニメ的に成功した為に寿命を永らえたのに比べ、「らんま」はアニメの失敗が原作の寿命を縮めた作品であると言えます

設定の完成度の高さ、初期の心理描写の細やかさから、私的にはかなり評価が高い作品なのですが、第37巻以降の展開は…今でも理解できない何故あのようなオチにしてしまったのか?

「めぞん」並みに予定調和で二人を結びつけるのかと思ったら、まさか「うる星」と同じパターンになるとは…人物描写&心理描写が繊細になされている作品なので、最後の最後でブチ壊したくなかったのでしょうか?

私の中では、あかねが最初に失恋を経験して成長し、乱馬が母との溝を埋めて成長した、というストーリーだと解釈しているので、心理描写をもっと活かして欲しかったという思いが強いです。


↓というわけでこちらがオススメ!
一番好きな第26巻をあえて選びました!

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2008年06月27日

グッドウィル廃業

案の定廃業になってしまいましたね。
経営者が罰金刑を科されたら一般派遣業許可の欠格事由となる。
結果として廃業に追い込まれるのは已む無しです。

それにしても、一時は3万人以上の登録者がいたGW。
それが二重派遣問題やら何やらで、7千人まで減少したとか。
…見せしめのスケープゴートとしては最大級の効果でしょう。

派遣業は、コンプライアンス体制が脆弱と言われています。
ピンハネで一旗上げようとする、ヤマ師が多い体質だからです。
法違反や責任転嫁が頻繁に行われる体質の改善が急務です。



雇用対策本部を設置=ハローワークなどに相談窓口
−GW廃業決定で厚労省

(2008年6月25日 時事通信)
日雇い派遣大手グッドウィル(GW)の廃業決定を受け、厚生労働省は25日、同社の内勤従業員や派遣スタッフの再就職などを支援するための雇用対策本部を省内に設置、各都道府県の労働局に総合的な相談窓口を置くことなどを決めた。一方、同社の人材派遣業の許可取り消しについては、「自主廃業が速やかに行われる限り必要はない」として見送った。
 同省によると、GWは約4200人の内勤従業員と、1日当たり約7000人の派遣スタッフを抱えており、廃業で大量の失業者が発生する恐れがある。そのため、労働局の窓口のほか、GWの事業所がある地域のハローワークで職業相談や職業紹介を行うことにした。また、廃業に当たって賃金が確実に支払われるよう、各労働基準監督署で相談に応じ、監督指導を行う。

社労士的には、事業の廃業によって何が起こるのか?
ちゃんと理解しておかなければなりません。

今回のように、大量に離職者が発生する場合は、雇用対策法に基づいて、事業の縮小等で1月以内に30人以上の離職者が生じた場合は「再就職援助計画」、同じく事業の縮小によって一定期間に相当数の離職者が発生する場合は「大量離職届」を提出しなくてはなりません。

あと、離職票の記入やら、社保に加入している派遣社員の場合は喪失届やら、健康保険証の返納やら、その他備品の引渡しやら…etc.普通の会社で退職時に行われるような手続が、ウン千人単位という“数の暴力”で迫ってくるのが、想像できるかと思います。

賃金の支払については、労基法を適用させて行うわけですが…GW程の企業であれば、賃金の立て替え払い事業を用いることは、まずないはずと思ってはいますが…?

あまりにもお騒がせな廃業騒動です。業界体質の改善と、コンプライアンスとCSRの徹底を願っております。派遣業界はあまりにも違法・脱法体質が激しいので、正さねば業界自体が吹っ飛びます。

↓に興味がおありの方はクリック!

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2008年06月26日

成果主義の終焉

成果主義の終焉。その後
安澤 直樹/人事/組織

(2008年6月16日 Insight Now!)
 産業界で成果主義を見直す動きが広がっています。成果主義に替わる新しい人事考査制度を考えてみましょう。

 日本経済新聞6月6日朝刊によると、資生堂は営業担当の部長以下1000人の社員に対して今秋から、売上高による評価に代えて、顧客満足度で評価するように人事考課を改めます。

 同社はすでに2006年4月から約1万人の美容部員の売上ノルマを撤廃して来店客の満足度を重視する方針転換を行っています。これがある程度の成果があったとの判断から、売上ノルマの廃止範囲を美容部員を統括する営業担当者にも広げることとしました。

 今回の報道で、目先の売上より顧客満足度を重視する同社の姿勢がさらに鮮明になりました

 年功序列型から成果主義への移行は人件費削減効果はありました。しかし、短期的な売上目標を重視するあまり、組織のチームワークや顧客とのコミュニケーションを軽視する傾向が顕著になりました。その結果、売上や企業のブランドイメージ低下という副作用をもたらすこととなりました。

 成果主義の弊害を是正すべく、組織への貢献度後輩育成を重視する人事考課制度を導入する企業が出てきました

 小林製薬は4月から全社員1260人を対象に、後輩の指導や欠員者の業務のカバーなど組織目標の達成度を人事評価の中に盛り込みました。

 また、1990年代に日本企業の先陣を切って成果主義を導入した富士通は、従来の個人の成果に加え、所属する組織での貢献度も評価に加えました。

 日経朝刊紙面では他にも、4社の例が紹介されています。

 後輩育成や組織貢献といった測定困難な要素を加味しようというの各社の取り組みは大変興味深いものがあります。

 日本における成果主義は、1990年代から年功序列型賃金制度に変わる制度として導入が相次ぎました。

 日本能率協会の調査(2005年)によると、主要企業の8割以上が成果主義を導入しています。しかし、経営者側の過半数が「成果主義が社員の意欲向上につながった」と回答したのに対し、社員側は2割にとどまり、労使間の受け止め方に温度差があることが明らかになりました。

 マスコミは成果主義のブームが去って、次のトレンドに関心が向かっているようです。新たにどんな制度がいいのか・・・企業の模索は今後もたびたび報道されることでしょう。

 ここで、新しい人事考課制度を考える前に、ブームの去った(?)成果主義について、3つの問題点に触れながら考察してみたいと思います。

 2006年4月に、成果主義型から定性的評価を重視する人事評価制度に切り替えた三井物産の槍田社長は、日本経済新聞5月26日朝刊紙面で「稼ぐ社員がいい社員」という成果主義に行き過ぎがあったのではないかと語っています。

 売上に替わる基準として顧客満足度や後輩育成が注目されるようになった背景に、成果主義が、「売上は上げられないけど、顧客の評判は高い」とか「後輩の指導に熱心」という人が評価されなかったことが上げられます。

 営業マンの賃金算定の際に売上金額が絶対的基準になってしまったことが一番目の問題です。

 顧客対応や部下・後輩の指導が評価されないのであれば、その時間を極力削って、売上獲得に集中したいと考えるのは自然なことです。

 年功序列を排し成果主義の導入が活発になったのは、バブルがはじけて価格破壊がトレンドになっていた頃でした。値下げで売上増が期待できないのならコストも減らさなければならない。多くの企業で人件費抑制の手段として、成果主義という人事考査が導入された側面は否定できません

 人件費を抑えるために導入された他人が自分を評価する制度が、評価される側の社員に快く受け入れられるはずがありません。それにもかかわらず導入し、社員の士気低下を招いたこと。に二番目の問題があります。

 他人が他人を評価するには、3つの要素(客観性/具体性/公正性)を満たした基準を備えることが必要だと思います。

 営業マンのように成約金額という数値目標が示されるのであれば、客観性と具体性は満たしていますが、大口顧客の担当者と小口顧客の担当者の間では、公正性に関しては不満を感じる人がいるでしょう。

 ましてや、成果測定が難しい間接部門を含めた全社レベルで3つの要素を満たした基準を用意することは困難です。他人が他人を評価することの難しさが三番目の問題点です。

 私は今後の人事考査制度の中で「売上では評価しない」とすることには懐疑的です。

 「顧客の対応が得意な人」や「部下や後輩を指導するのが得意な人」が評価されるのであれば、今までのように、「売上を上げるのが得意な人」も企業にとっては評価に値する貴重な人材です。

 人事評価の項目をこれだけに限定しては、同じ過ちを繰り返すことになります。会社に貢献してくれる社員の士気が高まるような評価項目を多数備えることが必要ではないでしょうか

 ○○が下手だから評価しないといった減点主義ではなく、会社に貢献してくれる社員のポテンシャルを高める手段としての人事考査を考えてください。

 私は成果主義の見直しが、人事考査がコスト削減の手段になっていた時代の終焉であるのなら歓迎したいと思います。

 社員に責任を引き受けてもらう。その代償として支払うのが給料です。給料を支払う代償として、責任を負わせるのは順番が逆です。

 私は責任を引き受けてくれない人に給料を支払う必要はないと思います。

 こんなことを言うと、団塊世代の大量退職と少子化の時代に、そんなことを言ったら人材を確保できない。単なる理想論だと思われるかもしれません。

 しかし、無責任な人を大量に集めても企業の発展は望めません。企業の発展のためには、責任を引き受ける人が集めるか、無責任だった人を責任を引き受けてくれる人に変えるしかありません

 成果主義の見直しを考える際には、人件費抑制の結果として招いた社員のレベル低下とそれに伴う企業の信用失墜のツケを払う「企業の覚悟」が必要だと思います。企業の「寛容さ」が求められています。

 社員に責任を引き受けてもらうためには、社員に自由が与えることが必須条件となります。

 社員が掌中にある選択や裁量などの自由を行使できるエンパワーメント(権限委譲)によって、社員は自分の責任を納得して受け入れるようになります。

 社員の納得があれば、前述の3つの要素(客観性/具体性/公正性)の欠落を補うことができます。社員の納得は、不可能ともいえる他人が他人を評価する人事考査を導入する際に不可欠です。

 社員に納得してもらうためのエンパワーメントの前提は、企業の「寛容さ」に他なりません。

 日産自動車は、5月に発表した新たな5カ年計画(2008〜2012年度)に利益や販売台数などのコミットメント(必達目標)を盛り込みませんでした。同社のカルロス・ゴーン社長はV字回復の象徴といえるコミットメント経営を修正する考えを明らかにしています。

 成果主義が失敗だったからといって、再び年功序列に戻るとは思えません。社員の士気を重視した次世代の「成果主義2.0」時代の到来は意外と近いかもしれません。

「成果主義」は既に人事の潮流からは外れております。時々成果給を導入したいという会社からの相談があるのですが、私は「人件費削減の目的で導入するならば、止めなさい」と必ず言います。

苦しい企業で人件費削減というのは已む無しですが、そうでもない企業で人件費を無闇に削減すれば、「浮いた人件費→新しい事業へ投資&株主へ配当」ではなく、「浮いた人件費→経営者の報酬増加」というパターンになる可能性が極めて高いからです。社員のモラルが一直線に低下するという、最悪のパターンです。

成果主義は売上げという「数理学的な指標」で客観評価ができる反面、必ずしも数理的な業績に拠らない管理部門においては不当に評価が下がってしまう等の問題点が生じるのです。営業はエラい、経理はエラくない、という妙なことが起こってしまうのです。

また、売上げ重視で短期的な目標を追いがちになり、長期的な目標を掲げるプロジェクトに挑戦する意欲が、削がれてしまうことでしょう。短期的な成果を求める余り、即戦力が重視され、人材を育成するという視点やら職場のコミュニケーションが破壊されてしまいます。

賃下げで成果主義を悪用する場合、わざと到達不能な目標を設定して、大半の社員を目標未到達として賃金を下げるという手法があります。成果主義というのは、とかく総人件費の抑制という目的で利用されることがバレバレなので、経営側もその意図を隠しませんし、労働者側も内心では殆ど歓迎していないのです。

私はかつて、某所で成果主義の代替として「役割考課(仕事考課)」を探求していた時期がありましたが、残念ながら成果主義以上にいろんな問題が発生してしまい、結果的に挫折した経験があります。年功序列が良いとは言いませんが、日本人の気質は間違いなく年功序列であるということは変えようのない事実でしょう

↓成果主義の誤りを正す書です!オススメです!

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2008年06月25日

社労士試験の受験資格を得るテクニック

社労士試験の受験相談を受けていて、時々出てくるのが、

「受験したいけど、受験資格がない!」

という話。本当に切実です。
私の周囲にもそれで受験を断念した方がいたぐらいなのです。

では、社労士試験の受験資格とは、具体的には何なのか?

短大卒以上であれば、無条件で受験資格は得られますよね。
あとは人事経験何年とか、行政書士試験合格者とか…

問題は、高校卒業後に専門学校に通って卒業したのは良いが、旧カリキュラム時代の卒業で単位が足りない、結果として受験資格が得られないというパターンなのです。試験に申し込んでから発覚するケースも少なくないので、本当に悲劇です。

…学歴要件で阻まれている方が受験資格を得る方法は?

あるのです!即効性は低いのですが、確実な方法が

自由が丘産能大学短期大学・通信教育課程
愛知産業大学短期大学・通信教育課程

短大の通信教育部で単位を取得して、受験資格を得るという方法があります。2年間みっちりと勉強するわけですが、通信教育部ですから入試は一切ナシです。書類審査で誰でも入学できます。真面目にこなせる方であればオススメです。

上記の2大学は、その中でも短大として「社労士コース」を設けている学校です。愛知産業大学はFPも入るのでやや厳しいのですが、産能大学であれば“社労士専門の講座”なので、目的意識が絞りやすい。受験勉強をしながら受験資格も得られるというオイシイ講座となっています。

学歴要件なんざ早く撤廃して欲しいんですけどね…。

短大の通信教育部を活用した方は↓をクリック!

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2008年06月24日

自殺者数が10年連続3万人台?

自殺者10年連続で3万人超…昨年は過去2番目
(2008年6月19日 MSN産経ニュース)
 昨年1年間の全国の自殺者数は前年比2・9%増の3万3093人で、10年連続で3万人を超えたことが19日、警察庁のまとめで分かった。過去最悪だった平成15年に次いで2番目の多さだった。総数の約18%に当たる6060人は「鬱(うつ)病(びよう)」が原因・動機とみられ、「経済・生活問題」も31・5%に上った。

 年代別では、60歳以上が前年比8・9%増の1万2107人で最多。次いで50歳代が2・8%減の7046人、40歳代が1・8%増の5096人、30歳代が6・0%増の4767人、20歳代が2・5%減の3309人、最少は12・0%減の19歳以下で548人。

 60歳以上と30歳代の増加が目立った。

 性別では約71%に当たる2万3478人が男性。

 原因や動機が特定されたのは3万747人で、1人あたり平均で1・3件あった。「鬱病」を含む健康問題が63・3%を占め、「身体の病気」は5240人。「経済・生活問題」のうち「多重債務」は1973人、また「その他の負債」も1656人に上った。

 職業別では、学生・生徒を除く無職が57・4%、会社員などの「被雇用者・勤め人」は27・7%、「自営」は9・9%、「学生・生徒」は2・6%。

 人口10万人あたりの自殺者数を示す自殺率を都道府県別にみると、山梨が39・0でトップ。次いで秋田が37・2、青森が36・0。

 自殺対策に役立てるため、警察庁は平成19年、自殺統計の元になる原票の記載方法を、動機を細かくするなど変更。新原票に基づく統計の公表は今回が初めてとなる。

案の定、自殺者数は昨年も3万人台を突破していたようですね。平成9年頃から自殺者数は急に増え始めて3万人を突破しているのですが、以降、ほぼ横ばいという状況で推移しています。

自殺は不況とか、社会不安が顕著になると比例して増加する傾向なのはほぼ間違いありません。今回のニュースで特に問題になっているのは、60歳代の高齢者と、「職場の第一線で活躍」or「ニート・フリーターで職がない」状況に二極分化している30歳代に集中しているようです。

メンタルヘルスを行う者としては、自殺者数と自殺者割合、自殺原因の分析は基本知識として頭に叩き込んでおかなければなりません。統計資料やら社会背景を認識した上で、企業のメンタルヘルス対策を立てるということが求められているからです。

自殺者が増えるという減少は、やはり政治や社会の何かがおかしいから、と考えるのが自然だと思います。アキバ事件は対岸の火事ではないのです。

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2008年06月23日

信用金庫の管理職

ちょっと前の記事です。
自身の経歴柄、ちょっと気になったので触れます。


支店長代理は非管理職
播州信金残業代訴訟判決

(2008年2月9日 神戸新聞)
 播州信用金庫(本店・姫路市)の加古川市内の支店に勤務し、二年前に支店長に次ぐ「代理」の役職で退職した山内勉さん(55)=兵庫県稲美町=が「管理職とされた『代理』の実態は管理監督者ではなく、残業代を払わなかったのは違法だ」として、未払い分として約三百八十四万円と同額の制裁金の計約七百七十万円の支払いを求めた訴訟の判決が八日、神戸地裁姫路支部であった。中島栄裁判官は原告側の主張をほぼ認め、同金庫に残業代など約四百五十万円の支払いを命じた。

 判決理由で中島裁判官は「原告は出退勤が自由でなく、部下の正式な人事評価もしていない。給与も支店長の約半分で、経営者と一体的な立場で時間外手当を支給しなくてよい『管理監督者』とはいえない」と認定。代理在任中の残業代三百五十一万円と付加金百万円を支払うよう命じた。

 この支店にはタイムカードはなく、支店長や代理ら管理職三人には出勤簿もなかったが、判決では、原告がほぼ毎朝七時半に出勤しており、一カ月の残業時間が三十八-六十八時間あったことが金庫の開閉記録から認定された。

 山内さんは「かつての勤め先を訴えるのは心苦しかったが、残業代カットのための管理職昇進が目立つ。金融機関の順法意識が低いのは問題だ」と話している。

 同金庫は「判決文をよく読んで対応を検討したい」とコメントした。

 一月末には、東京地裁が「管理職」である日本マクドナルドの直営店店長に残業代を支払うよう命じる判決を出し、その後、セブン-イレブン・ジャパンが管理職の店長への残業代支給を決めるなど論議が広がっている。

信用金庫というのは、大体次のような階層で形成されています。

・一般職(事務1〜3級)
・主任・係長(主事)
・課長代理(参事・副参事)
・次長(参事・副参与)
・支店長&課長(参与・副参与)
・副部長(参与・副参与)
・部長(参与)


何と「次長<課長」なんですね。普通は逆なんですが…。

今回の「支店長代理」というのは、下から三番目の職位です。
ハッキリ言って偉くはないです

50代で支店長代理というのは出世が遅すぎますよね。
普通は30代半ば〜後半で支店長代理に出世するものです。

以下、問題箇所を要約してみます。



>原告は出退勤が自由でなく、部下の正式な人事評価もしていない

支店長代理は、残念ながら人事評価権限を持っていません。
信金で人事評価ができるようになるのは次長職以上なんですよ。

普通は「代理」は管理監督者ではないという扱いになります。
「次長」以上が管理監督者扱いになる、と言われています
播州信金は一体何を考えていたんでしょうか?

「代理」では、出退勤の自由もありませんよね。
特に支店の融資の部署だと残業が恒常化します。

>給与も支店長の約半分で

これも問題です。代理職は通常年収が600万円前後です
支店長だと800〜1000万円程度なんですけどね…。

タダでさえ信金の給与水準は低いのですが、年収が600万円?
これでは管理監督者とは言い難いでしょう。

>この支店にはタイムカードはなく、支店長や代理ら管理職三人には出勤簿もなかったが

金融機関には多いのです。タイムカード無しというパターン
支店長席にある出勤簿にハンコを押して済ませるのです。
極めて原始的な時間管理をやっているのです。

>原告がほぼ毎朝七時半に出勤しており、一カ月の残業時間が三十八-六十八時間あったことが金庫の開閉記録から認定された

金融機関の出勤時間は早いです。
私も朝7時半にはオフィスにいました

営業(渉外)だと7時前後に既に支店にいますよね…。

通常、信金の支店には1か月単位の変形労働時間制が適用されます。
ノー残業デーで月4回程度は定時上がりになるとします。
それで月60H以上は結構多いですよね。

コンプライアンスに心を砕くべき信用金庫ですら、このザマなのです。如何に日本の労働慣行が遅れているか、という証左のようなパターンだったので、あえてご紹介しました。

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2008年06月22日

UCCのサービス残業

るーみっくネタ?も良いですが、本業のネタを書きますね。

サービス残業代に20億円 UCC
(2998年6月12日 神戸新聞)
 UCC上島珈琲(神戸市中央区)は十二日、社員約二千人に対し、二〇〇六年十二月から今年一月までの二年間で未払いだった「サービス残業」の賃金約二十億円を支払ったと発表した。労働基準監督署からの勧告などはなかったが、グループ内で一定の労働規律を作成するのを機に自主的に精算したという。

 時間外賃金の支払いで、同社の〇八年三月期決算は経常利益が大幅に減少し、純損益は四期ぶりに赤字となった。

 同社は今年一月、近年の企業買収や業務提携に伴うグループ企業の増加を受け、共通の労働規律を新たに作成。事前に社員約三千人分の労働実態を調べたところ、二年分で時間外・休日勤務でサービス残業とされる時間が判明し、支払いを決めた。対象となった時間外量は非公開としている。

 同社の河本篤・副社長は「今後は従業員の時間管理意識を徹底させ、時間外労働の削減を進めたい」と話している。

 一方、同社の〇八年三月期決算は、純損益が前期の十三億九百万円の黒字から二十八億四百万円の赤字に転落。経常利益は六億七千六百万円(前期比83・8%減)、売上高は二千八百七十億七千百万円(4・8%増)だった。

これだから、サービス残業というは恐いですねぇ…利益が吹っ飛んだ例は、マクドナルド等、枚挙に暇がありません。今回は労基署から勧告を受ける前に自主的に解決した、という事なのでしょうか?

長時間労働には、幾つかのパターンがあると思うのです。

・オーバーフロー型
→恒常的な人手不足で仕事が忙しい
・俺一人で背負う型
→仕事を何でも安請け合いしてしまい、残業が増える
・緊急対応型
→繁忙期とか、急な顧客の呼び出しで残業となる
・なあなあ型
→残業が習慣になっていて、何となく残ってしまう
・付き合い型(似非協調性型)
→上司がなかなか帰らないので、自分も帰れない
・時間潰し型
→家庭が不仲、無趣味等で家に帰りたくない
・忠誠競争型
→上司の評価を上げる為に、わざと残業を行っている


時間潰し型になると、タバコで一服休憩して1時間とか、雑談で潰して2時間とか、非常にくだらない理由で会社に居残る人間も珍しくありません。残業代がつかない管理職に時間潰し型や忠誠競争型が多いわけですが…ハッキリ言って穀潰し以外の何者でもありません。それを仕事熱心として評価する経営者もノー天気なのです。

長時間会社で仕事をするということは、光熱費代とかセキュリティーの問題から言って、好ましいことではありません。夜中に仕事するとなれば、不正が起こる確率も増えることでしょう。経営的なリスクが飛躍的に増大するのです。

企業競争はルールあっての競争なのです。長時間労働で成果を上げるというのは、サッカーでロスタイムを過ぎてからも延々とボールを蹴っている行為に等しい。ルール違反で稼いでも偉いことではない、寧ろ恥ずべきことなんだという認識を持つことが必要ですよね。

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2008年06月21日

るーみっくわーるど【1】

高橋留美子先生の作品「犬夜叉」が18日発売の週刊少年サンデー第29号で完結しました。本当にお疲れ様でした!

感想はまた別の機会に書くとして、毎週土曜日ですが、るーみっく作品の醍醐味を当ブログで伝えていきたいと思います(当分の間ですが)。社労士ネタは一切封印してコメントしますよ♪



「うる星やつら」全34巻。1978年〜1986年

私が「うる星」と出会ったのは、小学校一年生の時でしょうか。
当時TVっ子だったので、強烈な印象を今でも覚えています。

「ダーリンっ!浮気するんじゃないっちゃ!」

バリバリバリバリバリッ!!!!

電撃です。主人公・諸星あたるは黒こげというパターンです。

昔は、ラムという少女は単なる我侭な娘程度に思っていました。
嫉妬深い、男性的には“イタい女”なのだと。

ところが、大人になって見方が一変しました。
普通に考えて、婚約者があそこまで浮気者なら、即お別れでしょう。
それを良くまぁ耐えて…何と辛抱強いのか、と思ってしまう
ラムというのはかなり可哀想で、かつ健気な少女なのです。

あたるも、昔は単なる煮え切らない浮気男だと思っていました。
ところが、実際に恋愛してみると、なかなか本命の女性に好きと言えない気持ち、歯痒さや臆病さが分かってくるのです。

今の時代だったら余りにもスローすぎてアクビが出る(死語?)恋愛関係なのですが、当時の時代背景とか、ある程度理解できると、今でも十分すぎるくらいに読むに耐える作品だと思います。



…この作品、実は主人公は諸星あたるなのです
ラムが主人公ではないのです。高橋先生の話からも明らかです。

基本は諸星あたるを中心とした“スラップスティックコメディ”。
と心得ておくと、この作品の性質が自ずと分かってくるはずです。
一話一話が「舞台」と心得ると、成程、と思えるはずです。

稀代の浮気者・諸星あたるを中心に、基本となるキャラクターがいる。毎回毎回、ほぼ決まったローテーションでお騒がせキャラが登場して、ドタバタ喜劇を繰り返す…ごく一部の例外はありますが、大半は1話完結構成という原則を貫いています。長編ストーリー作品ではないのです。

時々ですが、長編ストーリーとして作品を描くことがありました。
例えばクラマ姫の話とか、水野小路家関係の話とか、友引高校ミスコンテストの話とか…アニメでは強引に1話で終わって不評だったミスコンの話ですが、原作では中盤のヤマ場であり、作品人気のピークに差し掛かっている頃だったはずです。

ドタバタ喜劇故に、時々“明らかに失敗作”の話もあります。オチが「鉄球が落ちてきて“お年玉(落とし玉)”」という、お寒いギャグで終わってしまった回もあります。初期と作品終盤で、意味不明なオチになってしまったというのが結構あります。

ただ、それ以上に面白いオチとか、ギョっとするようなネタが圧倒的に多いのです。初期は同伴喫茶とか、ラブホネタとか、いわゆる70年代のアングラ的なネタも多いので、対象年齢は間違いなく高校生以上でしょう。健康的なお色気からは程遠い下ネタも散りばめられているので、最初から大人が読むに耐えるレベルで作品が設定されています。

他のるーみっく作品と大きく異なる点は、キャラクター全体のアクが極めて強いこと。笑点の大喜利メンバーのように、与えられた役割を全うするという喜劇役者的な使命を、ほぼ全キャラに貫徹させているのです。他の作品では、残念ながらここまでは貫徹はされていません。

作中で最も安定的なキャラというのは、あたるの元恋人・三宅しのぶだと思います。あたる→面堂終太郎→因幡君という具合に、次々と心を寄せる男性を乗り換えているのですが、極めて現状妥協型のキャラクターという色彩が強い。その為、後半になると地味な役回りが多くなってしまった。

逆に「濃いな〜」と思ったのが、ラムの元婚約者・レイですかね。
殆ど何も喋らないで、ウシに変身するだけなのに、存在感が極めて濃い(笑)。ただ、あまりにも濃すぎて後半は案の定影が薄くなってしまっています。そー言えばクラマも後半出演がゼロでした。


アニメについても、前半と後半で評価がガラリと変わります。

前半(1981年〜1984年3月)は押井守監督が中心となって制作しており、押井色が随所に出ている。作品自体は秀逸との評価が高いのですが、原作から逸脱したオリジナルストーリーを乱発。暴走が祟ってしまい、劇場版2作目の「ビューティフル・ドリーマー」で高橋先生と決裂して以降は制作現場から退きます。

後半(1984年4月〜1986年)以降は押井監督時代の暴走?を押さえるべく、スタッフを一新した結果、原作準拠の話が多くなりました。但し、原作に1話完結の話が非常に多い為、30分番組で2話を無理矢理詰め込む展開だったり、原作の1話を30分番組用にムダに引き伸ばす展開を乱発した結果、押井時代よりも評価を落としてしまっています。

アニメの展開は、残念ながら原作の雰囲気を正確に反映しているとは言い難い。スラップスティックコメディーをアニメで再現するというのは、極めて無理があるのです。



コミックをすべて揃えたのは小学生〜中学生に掛けてなので、既に連載終盤から連載終了後に掛けてでした。ただ、運良く古本屋で初版本が多く手に入ったので、大半が初版本コミックで保有しております。当時は理解できなかったギャグも、今では成程と理解できることが多いです。

本編だと、最終話が注目です。
最後まであたるはラムに「好きだ」という言葉を言いませんでした。
それでまだまだ続く…的に終わらせているのです。

ただ、ほぼ同じオチをそのまま「らんま」でもやってしまったのです…
「俺達の戦いはまだまだこれからだ!」みたいなパターンです。

少年誌故の制約なのでしょうか?
非常に残念な気もしますね。

というわけで↓をオススメ!

posted by chu_san at 01:00| 埼玉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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